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日語閱讀:雪女

  私の名前は久保井幸といった。幸せ、と書

  いて「ゆき」

  病弱でとても色白な娘だった私は、幼い

  ころ、同級生の男の子たちに、「雪女」とよばれからかわれたことがあった。

  雪女は雪のおばけ。まっしろけっけの雪

  女。クボイユキは雪女。

  そんな風にはやしたてられ、私は泣きな

  がら家へ帰った。

  大好きだった祖母に泣いて帰った理由(

  わけ)を話すと、彼女は細い目をさらに細めて靜かに言った。

  幸、知ってるかい。

  雪女はかわいそうな女なんだよ。

  雪女は人に姿を見られたら、その人間を

  殺さなくちゃならない決まりだった。

  だけどある日、姿を見られた男のことを

  、彼女は愛してしまったのさ。

  だから雪女はね、自分に會ったことを誰

  にも言わないと約束させて、その男を殺さなかったんだ。

  でも男は約束を破った。

  自分の女房が雪女だと知らないで、女房

  に全部話しちまったのさ。

  約束を破られて、雪女は怒ったと思うか

  い?

  そうだね、たしかに怒っただろうね。

  でももっと強く感じたのは、きっと悲し

  いって気持ちだよ。

  愛した人に裏切られた。

  そのことが、ただの娘を雪女に変えてし

  まったのさ。

  いいかい、幸。

  女を雪女にするのは、男なんだよ。

  馬鹿な男が、幸せな娘をかわいそうな雪

  女にしてしまうのさ。

  だからね、雪女を嫌わないでやっておく

  れ。

  本當は、とてもかわいそうな女なんだよ

  。

  そして彼女は、つけくわえるようにこう

  言った。

  それにね、幸。

  雪女は、肌がすきとおるように白くて、

  紅をさしたような赤い唇をして、黒くて長い髪を持った、とてもきれいな女(ひと)

  だったんだよ。

  ほら、幸も色白でまっすぐな黒い髪を持

  っていて、口も花びらのようにきれいな赤だ。

  雪女と同じ、きっと大したべっぴんさん

  になるよ。

  明日また友達にからかわれたら、こう言

  っておやり。

  知らないのかい。雪女はすごい美人だっ

  たんだよ。ってね。

  ……だからもう、泣かないでいいんだよ

  。ね、幸。

  もう、二十年以上も前の話。

  ずうっと長い間、記憶の彼方においやら

  れていた、祖母との小さな思い出。

  大好きだった祖母も、私が大學に上がる

  前に亡くなった。

  女手一つで私の父を育てた彼女にも、悲

  しい女の過去があったのだろうか。

  あまり自分のことは話さない人だった。

  けれどあの雪女の話をした時の祖母は、

  いつもの祖母とは明らかに違っていたように思う。

  だから今も、あの時の彼女の話を、こん

  なにも鮮明に覚えているのだろう。

  祖母の予言通り、私はそれなりに美しい

  娘へと成長した。

  十代のころからボーイフレンドには不自

  由せず、社會人になってからも、デートの誘いは多かった。

  そして勤めていた會社で主人と出會い、

  彼の方から申し込まれて結婚した。

  優しく快活で職場での評判も高かった主

  人は、まさに申し分ない結婚相手だった。

  結婚して七年。

  子供はいないけれど、夫婦二人、幸せな

  結婚生活を送っていた。

  このままずっと、今の幸せが続くのだと

  信じていた。

  ……いつからだろう?

  夫の深夜の帰宅が増えたのは……。

  いつからだろう?

  彼が私に、いつかの溫かな眼差しを注い

  でくれなくなったのは……。

  蛍光燈の明かりに照らされたダイニング

  テーブルの上。

  スーパーのビニール袋に入れられたまま

  の食品が、所在なげに置かれた傍ら。

  大きく引き伸ばされた何枚もの寫真が、

  両肘をついてうつむく私の目の前にある。

  寫真の入っていた茶封筒には、大きなゴ

  シック體で、有名な調査事務所の名前が印刷されていた。

  今日の夕方、買い物帰りに受け取った夫

  の調査報告書。

  寫真には、ネオン煌めく夜の街で、見知

  らぬ女と腕を組み歩く、見知らぬ私の夫がいた。

  靜かにとつとつと語る祖母の聲が、目を

  伏せて物思う、私の耳の奧でこだまする。

  ―― いいかい、幸。

  女を雪女にするのは、男なんだよ。

  馬鹿な男が、幸せな娘をかわいそうな雪

  女にしてしまうのさ ――

  ふいに、闇に沈んだ玄関から、耳障りな

  金屬音が響いた。

  帰宅した夫が、玄関扉の鍵を開けようと

  しているのだ。

  もうそんな時間かと壁の時計を見上げる

  と、針は午後十時過ぎを指していた。

  以前は八時前には帰宅していた。

  きっと今日も、寫真の女と會ってきたの

  だろう。

  そうして私が何にも知らないと思って、

  ぶっきらぼうに「風呂に入る」とだけ言うのだろう。

  殘念ながら、今日は彼の望む食事も風呂

  も用意されてはいないけれど。

  昔読んだ雪女の本。

  その中で、彼女が夫に向けた言葉がよみ

  がえる。

  ―― なぜ、裏切った……。

  彼女は、どんな思いであの言葉を口にし

  たのだろう。

  ……涙は出ない。

  凍てついた心からは、もう何も生まれな

  い。

  私はゆっくりと立ち上がりながら、今は

  亡き祖母にそっと呟いた。

  おばあちゃん。

  私の中にも、雪女はいたよ……。

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