大宮（ナレーション）：初めて夏子を見た時、彼女は実にいい球を打っていた。ちょっと意地悪なほど相手の隙をついた鋭い球であった。あの日が何もかもの始まりだった。それがぼくを変えた。

　　野島：おい、ロッカー入れといたよ、著替え。

　　大宮：ああ。

　　大宮（ナレーション）：初めて夏子を見た時、彼女は実にいい球を打っていた。ちょっと意地悪なほど相手の隙をついた鋭い球であった。あの日が何もかもの始まりだった。それがぼくを変えた。

　　野島：おい、ロッカー入れといたよ、著替え。

　　大宮：ああ。

　　野島：大體合うだろう、俺のなら。

　　大宮：うん。しかし隨分やらないからな。

　　野島：下手なのは、知ってるさ。

　　大宮：うまいな、あの子。

　　野島：うん？目が早いな。

　　大宮：いや。しかしきれいな人じゃないか。

　　野島：そうか。

　　＊ ＊ 　＊

　　大宮：あ、いかん。

　　夏子：ごめんなさい、高すぎて。

　　野島：どう、あの子。

　　大宮：形無しだったよ。

　　野島：あれで科學者なんだからな。

　　大宮：科學者？

　　野島：ああ、製薬會社の研究所から大學院へ行ってるんだ。

　　大宮：そりゃ意外だな。

　　野島：そういうところがよくてな。

　　大宮：うん？

　　野島：いいだろう、なかなか。

　　大宮：うん、この野郎。戀人唆して俺をやっつけるなんて、趣味悪いぞ。

　　＊ ＊ 　＊

　　野島の母：進さん、進さん。うーんよいしょ、ああ、重たい。いやね、こんな奇抜な設計するもんだから。

　　大宮：しばらくです。

　　野島の母：あ、いらっしゃい。

　　大宮：ご無沙汰してました。

　　野島の母：岬の研究所へお戻りになったんですってね。

　　大宮：はあ。

　　野島の母：長かったのね、九州の方は。

　　大宮：いいえ、高知なんです。

　　野島の母：あら、四國でした？まあ、暖かいところって覚えたもんですから。

　　大宮：お元気ですね。

　　野島の母：はい、もうお元気なだけ。そう、あなたたちが高校生の時はまだ美貌が殘ってましたわね。

　　野島：変なこと言うなよ。

　　野島の母：二人でよくごろごろしてましたね。

　　大宮：はあ。

　　野島の母：見てちょうだい。その進がこんなお部屋をつくって。

　　大宮：羨ましいですよ。

　　野島の母：なんだか知らないけど、いっぱし蕓術家のつもりで。

　　野島：いつそんな顔したよ。

　　野島の母：ああ、これ。このポスターね、去年の年間優秀賞いただいたのは…

　　野島：行ってよ、ママは。

　　野島の母：あら、隠さなくたっていいじゃないの。ここ三年の間にね、コマーシャルのフィルムでも三つも賞をいただいたんですのよ、ね。

　　野島：止せったら。みっともないじゃないか。

　　＊ ＊ ＊

　　野島：はい、ここで一緒に“闘”ってやるんだ。

　　まともな仕事じゃないよ。

　　大宮：そんなことあるもんか。

　　野島：風船の靴でも穿いたみたいに地面に足がつかなくてな。

　　大宮：いい仕事してるじゃないか。

　　野島：だんだん厭な奴なってくるよ、俺は。

　　大宮：気の弱いこと言うなよ。

　　野島：まったくだ、しかしなあ。

　　大宮：うん？

　　野島：昔はもうちょっと高級な野心を持ってたがな。

　　大宮：おい。

　　野島：うん。

　　（美女の聲）：ママ、癡漢…

　　野島：おい、こっちだ、こっちだ。