日語閱讀:高瀬舟2
莊兵衞は喜助の顏をまもりつつ又、「喜助さん」と呼び掛けた。今度は「さん」と云つたが、これは十分の意識を以て稱呼を改めたわけではない。其聲が我口から出て我耳に入るや否や、莊兵衞は此稱呼の不穩當なのに氣が附いたが、今さら既に出た詞を取り返すことも出來なかつた。
「はい」と答へた喜助も、「さん」と呼ばれたのを不審に思ふらしく、おそる/\莊兵衛の氣色を覗つた。
莊兵衞は少し間(ま)の惡いのをこらへて云つた。「色々の事を聞くやうだが、お前が今度嶋へ遣られるのは、人をあやめたからだと云ふ事だ。己に序(ついで)にそのわけを話して聞かせてくれぬか。」
喜助はひどく恐れ入つた樣子で、「かしこまりました」と云つて、小聲で話し出した。「どうも飛んだ心得違で、恐ろしい事をいたしまして、なんとも申し上げやうがございませぬ。跡で思つて見ますと、どうしてあんな事が出來たかと、自分ながら不思議でなりませぬ。全く夢中でいたしたのでございます。わたくしは小さい時に二親が時疫で亡くなりまして、弟と二人跡に殘りました。初は丁度軒下に生れた狗の子にふびんを掛けるやうに町內の人達がお惠下さいますので、近所中の走使などをいたして、飢ゑ凍えもせずに育ちました。次第に大きくなりまして職を搜しますにも、なるたけ二人が離れないやうにいたして、一しよにゐて、助け合つて働きました。去年の秋の事でございます。わたくしは弟と一しよに、西陣の織場に這入りまして、空引と云ふことをいたすことになりました。そのうち弟が病氣で働けなくなつたのでございます。其頃わたくし共は北山の掘立小屋同樣の所に寢起をいたして、紙屋川の橋を渡つて織場へ通つてをりましたが、わたくしが暮れてから、食物などを買つて歸ると、弟は待ち受けてゐて、わたくしを一人で稼がせては濟まない/\と申してをりました。或る日いつものやうに何心なく歸つて見ますと、弟は布團の上に突つ伏してゐまして、周圍(まはり)は血だらけなのでございます。わたくしはびつくりいたして、手に持つてゐた竹の皮包や何かを、そこへおつぽり出して、傍へ往つて「どうした/\」と申しました。すると弟は眞蒼な顏の、兩方の頬から腮(あご)へ掛けて血に染つたのを擧げて、わたくしを見ましたが、物を言ふことが出來ませぬ。息をいたす度に、創口でひゆう/\と云ふ音がいたすだけでございます。わたくしにはどうも樣子がわかりませんので、「どうしたのだい、血を吐いたのかい」と云つて、傍へ寄らうといたすと、弟は右の手を床に衝いて、少し體を起しました。左の手はしつかり腮の下の所を押へてゐますが、其指の間から黒血の固まりがはみ出してゐます。弟は目でわたくしの傍へ寄るのを留めるやうにして口をあきました。やう/\物が言へるやうになつたのでございます。「濟まない。どうぞ堪忍してくれ。どうせなほりさうにもない病氣だから、早く死んで少しでも兄きに樂(らく)がさせたいと思つたのだ。笛を切つたら、すぐ死ねるだらうと思つたが息がそこから漏れるだけで死ねない。深く/\と思つて、力一ぱい押し込むと、橫へすべつてしまつた。刃(は)は飜(こぼ)れはしなかつたやうだ。これを旨く拔いてくれたら己は死ねるだらうと思つてゐる。物を言ふのがせつなくつて可けない。どうぞ手を借して拔いてくれ」と云ふのでございます。弟が左の手を弛めるとそこから又息が漏ります。わたくしはなんと云はうにも、聲が出ませんので、默つて弟の喉の創を覗いて見ますと、なんでも右の手に剃刀を持つて、橫に笛を切つたが、それでは死に切れなかつたので、其儘剃刀を、刳(えぐ)るやうに深く突つ込んだものと見えます。柄がやつと二寸ばかり創口から出てゐます。わたくしはそれだけの事を見て、どうしようと云ふ思案も附かずに、弟の顏を見ました。弟はぢつとわたくしを見詰めてゐます。わたくしはやつとの事で、「待つてゐてくれ、お醫者を呼んで來るから」と申しました。弟は怨めしさうな目附をいたしましたが、又左の手で喉をしつかり押へて、「醫者がなんになる、あゝ苦しい、早く拔いてくれ、頼む」と云ふのでございます。わたくしは途方に暮れたやうな心持になつて、只弟の顏ばかり見てをります。こんな時は、不思議なもので、目が物を言ひます。弟の目は「早くしろ、早くしろ」と云つて、さも怨めしさうにわたくしを見てゐます。わたくしの頭の中では、なんだかかう車の輪のやうな物がぐる/″\廻つてゐるやうでございましたが、弟の目は恐ろしい催促を罷めません。それに其目の怨めしさうなのが段々險しくなつて來て、とう/\敵(かたき)の顏をでも睨むやうな、憎々しい目になつてしまひます。それを見てゐて、わたくしはとう/\、これは弟の言つた通にして遣らなくてはならないと思ひました。わたくしは「しかたがない、拔いて遣るぞ」と申しました。すると弟の目の色がからりと變つて、晴やかに、さも嬉しさうになりました。わたくしはなんでも一と思にしなくてはと思つて膝を撞くやうにして體を前へ乘り出しました。弟は衝いてゐた右の手を放して、今まで喉を押へてゐた手の肘を床に衝いて、橫になりました。わたくしは剃刀の柄をしつかり握つて、ずつと引きました。此時わたくしの內から締めて置いた表口の戸をあけて、近所の婆あさんが這入つて來ました。留守の間、弟に藥を飮ませたり何かしてくれるやうに、わたくしの頼んで置いた婆あさんなのでございます。もう大ぶ內のなかが暗くなつてゐましたからわたくしには婆あさんがどれだけの事を見たのだかわかりませんでしたが婆あさんはあつと云つた切戸をあけ放しにして置いて驅け出してしまひました。わたくしは剃刀を拔く時、手早く拔かう、眞直に拔かうと云ふだけの用心はいたしましたが、どうも拔いた時の手應(てごたへ)は、今まで切れてゐなかつた所を切つたやうに思はれました。刃(は)が外(そと)の方へ向いてゐましたから、外の方が切れたのでございませう。わたくしは剃刀を握つた儘、婆あさんの這入つて來て、又驅け出して行つたのを、ぼんやりして見てをりました。婆あさんが行つてしまつてから、氣が附いて弟を見ますと、弟はもう息が切れてをりました。創口からは大そうな血が出てをりました。それから年寄衆がお出になつて、役場へ連れて行かれますまでわたくしは剃刀を傍に置いて、目を半分あいた儘死んでゐる弟の顏を見詰めてゐたのでございます。」
少し俯向き加減になつて莊兵衞の顏を下から見上げて話してゐた喜助は、かう云つてしまつて視線を膝の上に落した。
喜助の話は好く條理が立つてゐる。殆ど條理が立ち過ぎてゐると云つても好い位である。これは半年程の間、當時の事を幾度も思ひ浮かべて見たのと、役場で問はれ、町奉行所で調べられる其度毎に、注意に注意を加へて浚つて見させられたのとのためである。
莊兵衞は其場の樣子を目(ま)のあたり見るやうな思ひをして聞いてゐたがこれが果して弟殺しと云ふものだらうか、人殺しと云ふものだらうかと云ふ疑が、話を半分聞いた時から起つて來て、聞いてしまつても、其疑を解くことが出來なかつた。弟は剃刀を拔いてくれたら死なれるだらうから、拔いてくれと云つた。それを拔いて遣つて死なせたのだ、殺したのだとは云はれる。しかし其儘にして置いても、どうせ死ななくてはならぬ弟であつたらしい。それが早く死にたいと云つたのは、苦しさに耐へなかつたからである。喜助は其苦を見てゐるに忍びなかつた。苦から救つて遣らうと思つて命を絶つた。それが罪であらうか。殺したのは罪に相違ない。しかしそれが苦から救ふためであつたと思ふと、そこに疑が生じて、どうしても解けぬのである。
莊兵衞の心の中には、いろ/\に考へて見た末に、自分より上(うへ)のものの判斷に任す外ないと云ふ念、オオトリテエに從ふ外ないと云ふ念が生じた。莊兵衞はお奉行樣の判斷を、其儘自分の判斷にしようと思つたのである。さうは思つても、莊兵衞はまだどこやらに腑に落ちぬものが殘つてゐるので、なんだかお奉行樣に聞いて見たくてならなかつた。
次第に更けて行く朧夜に、沈默の人二人を載せた高瀬舟は、黒い水の面をすべつて行つた。
其他有趣的翻譯
- 日語社會學論文一
- 日語社會學論文二
- 《毛選》日文翻譯的一點體會
- 日語閱讀:「もののけ姫」劇本
- 日語閱讀:「耳をすませば」劇本
- 日語閱讀:「となりのととろ」劇本
- 增強老師的日語經驗
- 日語閱讀:猿と蟹 (さるとかに)
- 日語閱讀:一寸法師(いっすんぼうし)
- 日語閱讀:やまんばと牛方
- 日語:從「愛車(あいしゃ)」說起
- 日語閱讀:水の三日(by芥川龍之介)
- 日語閱讀:急増…國語世論調査
- 日語閱讀:文化庁の日本語世論調査
- 日語閱讀:かぐや姫
- 日語閱讀:鶴の恩返し
- 日語閱讀:《桃太郎》
- 日語閱讀:浦島太郎
- 日語閱讀:笠地蔵(かさじぞう)
- 日語閱讀:カメとツル (亀と鶴)
- 日語閱讀:舌切り雀
- 日語閱讀:寶くらべ
- 成瀨巳喜男小傳
- 初級日語模擬題
- 日語社會學論文三
- 日語社會學論文四
網友關注
- “お袋”
- 賞花之旅環保篇
- 日語詞匯:蔬菜類
- 日語詞匯:痛苦
- 日語食品名稱匯總之キノコ類、海藻類、豆類
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版(四)
- 新鮮熱詞:新新社會人篇
- 日語詞匯:醫學用語之皮膚科
- 聯想記單詞:書 ほん
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版(六)
- 羅馬字略語為何流行
- 日本流行語
- 學日語、記單詞是有規律的
- 流行語“~族”的認知解釋及文化背景
- 「口説く」
- 日語食品名稱匯總之魚類
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版(一)
- 日語食品名稱匯總之禽類
- 北京地名
- 服裝日語詞匯匯總
- 日語食品名稱匯總之果實類
- 日語計算機中的重復、提交怎么說?
- あっさり
- “足”和“腳”的不同用法
- 日語慣用語大全
- 新鮮熱詞:大奧篇
- 「萬引き」
- 日語食品名稱匯總之イモ類 穀類
- 「泥棒」
- 聯想記單詞:大丈夫(だいじょうぶ)
- 日語詞匯之網絡熱詞
- 用日語表達十二生肖
- 日語詞匯:陳述副詞
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版(七)
- 日語中描寫性格的單詞
- 日語學習方法入門大全專題
- 日語詞匯:N1文字詞匯強化訓練
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版(五)
- 日語網絡詞匯:打醬油、YY、阿姨洗鐵路
- 日語詞匯之計算機術語詞匯
- 日語二級能力考試單詞記憶方法
- 聯想記單詞:耳朵(みみ)
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版(二)
- 女人必會日語
- 日語詞匯:醫學用語之眼科
- 日語表示人的性格和態度的副詞
- 聯想記單詞:電車(でんしゃ)
- 機電類日語詞匯
- 聯想記單詞: 山(やま)
- 「駄菓子」
- 日語食品名稱匯總之其他水産類 貝類
- 日語能力考試4級單詞
- 日語詞匯「委譲」與「移譲」的區別?
- 聯想記單詞:手切れ(てぎれ)
- 日語食品名稱匯總之蔬菜類
- 聯想記單詞:脖子 くび
- 聯想記單詞: 薬(くすり)
- 日語網絡囧詞
- 職場日語120句
- 日語詞匯:常用副詞
- 日語詞匯:程度副詞
- 日語詞匯:人體特征的副詞
- 10大流行語発表
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版匯總
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版(三)
- 聯想記單詞: 氷(こおり)冰
- 小編教你書寫日語五十音圖之圖片版(八)
- 聯想記單詞:友達(ともだち)
- 流行語日譯
- 日語順口溜單詞記憶法
- 地震相關詞匯
- 切るのになぜ“刺す"か
- 日語食品名稱匯總
- 実家はどこか?
- 聯想記單詞:不要啊(やめで)
- 聯想記單詞:雞蛋 たまご
- 日語專用財務詞匯
- 計算機詞匯之更新、保存
- 日語詞匯之常用財務詞匯
- 常見中日100個易混淆單詞
- 賞花之旅美食篇
精品推薦
- 涇源縣05月30日天氣:晴轉小雨,風向:無持續風向,風力:<3級轉3-4級,氣溫:24/9℃
- 隆德縣05月30日天氣:晴轉小雨,風向:無持續風向,風力:<3級轉3-4級,氣溫:23/9℃
- 渭源縣05月30日天氣:小雨轉中雨,風向:東北風,風力:<3級,氣溫:22/10℃
- 永濟市05月30日天氣:晴轉多云,風向:西風,風力:3-4級轉<3級,氣溫:24/18℃
- 神農架林區05月30日天氣:多云,風向:無持續風向,風力:<3級,氣溫:27/15℃
- 岳普湖縣05月30日天氣:陰,風向:無持續風向,風力:<3級,氣溫:29/15℃
- 瑪曲縣05月30日天氣:陣雨轉小雨,風向:東北風,風力:<3級,氣溫:16/8℃
- 沙灣縣05月30日天氣:晴轉陰,風向:東北風,風力:3-4級轉<3級,氣溫:24/13℃
- 金鳳區05月30日天氣:晴轉小雨,風向:無持續風向,風力:<3級轉3-4級,氣溫:31/14℃
- 吐魯番市05月30日天氣:晴,風向:無持續風向,風力:<3級,氣溫:30/20℃
分類導航
熱門有趣的翻譯
- 《走遍日本》Ⅱ 情景會話:七 家庭訪問
- 日語詞匯學習資料:初級上冊 單詞46
- 大義親を滅す
- 日語語法學習:標準日語句型學習(十一)
- 日語口語教程42:社內通知(1)
- 【聽故事學日語輔導】獵人和獅子的較量
- 日語 常用語法487句
- 日語新聞核心詞匯 經濟篇(07)
- 雙語閱讀:睡太郎在想什么呢?
- 日語輔導資料之扶桑快報閱讀精選素材78
- 小倉百人一首(45)
- 日語會話:舌がこえてる
- 貨物及運輸之專用日語
- 日語考試專題輔導資料之詞匯集合10
- 日語情景對話:ふる 吹了
- 柯南:動漫中最帥氣的眼鏡男
- 日語閱讀:東山文化・文化
- ジパングの由來
- 日語3、4級進階閱讀-45(キヨスク)
- 日語3、4級進階閱讀-117(日本の慣用句)
- 日語語法講解:日本語能力考試四級語法詳解(3)
- 部分機械日語
- 日語擬聲詞-擬態詞系列54
- 日語一、二級語法逐個練習-22
- 日語一、二級語法逐個練79
- 基礎語法從頭學:新標日初級第22課